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時空のひずみに僕がいる。黒雨です。
オムレツもどきをミディアムで
考えた。いつもいつもウスターソースでぐちゃぐちゃにした料理じゃいけない。
というわけで、オムレツ的なものを作ろうと、まず具材。
どうでもいいけれど、グザイってカタカナで書くとなんか気持ち悪いね。そして「ξ」って「グザイ」って読むんだね。
そんなξこと人参とベーコンを炒めます。なんというか痛めた感じです。
それを皿に一旦移して卵を敷き、人参とベーコンを載せてくるむと。
あ、そういえば味付け忘れてたので、適当に塩こしょうをふります。はい完成。
いただきまーす。
……あれ……ミディアム……?
というわけで、人参がとってもミディアムというかミディアムレアだったのでお腹の調子が悪いです。
これは赤いからだ! ちくしょう赤色の野郎! 赤のくせに! 緑黄色野菜! ミディアムレア!
『神様家族(6)鉄棒工場』
『神様家族(6)鉄棒工場』桑島由一/MF文庫J/メディアファクトリー
ISBN:4840112533
ああああ、もう由一はやってくれますね。やってくれますよね。おおおおお。
本当によく持ち直したと思いますよ。1巻2巻がアレですが、3巻以降の持ち直しは凄いです。5巻でむむむと思いましたが、6巻でとうとうやってくれた感が。
というおおざっぱな紹介でお茶を濁そうとしていますが。
初っぱなから主人公の佐間太郎が赤ん坊になり、いきなし居場所をなくします。その描写がギャグに特化しているかと思いきや、はしばしでめっさ重苦しいものを出しているんですよ。それを巧く受け流す辺り桑島由一氏の文章力はなんかねじ曲がった方向へ成長を遂げています。褒め言葉です。
シーン描写の連続に対して意味づけを徐々にあらわにさせて物語を紡ぎ、はてには最後に今後どっちにも展開出来るような引き。モチーフの特化。すげぇよ。由一氏。
おおおお、黒雨さんの頭は大分悪くなってるみたいなんでそんなところでいいですか。それにしても心象風景の描写とか、あのギャグの文体で描き切れたあたり、これはもうオリジナリティーですよ。
桑島由一はスロースターターですが、シリーズ追っかければ結構いいものを見せてくれますね。さて、どうやって物語を締めるんだろう。そこが一番気になりますね。今後が気になる作家なんて久々だなぁ。
『大沢さんに好かれたい。』
『大沢さんに好かれたい。』桑島由一/角川スニーカー文庫/角川書店
ISBN:4044713014
つーわけで、桑島由一、角川での新刊ですね。飛ばしてますね。
正直、スロースターターという印象を持っていたのですが、どこをどうやっても続編に持ち込もうとしないこのスタイル。そしてギャグテイストの地の文を削ぎ落として、とても真っ当なライトノベルスタイルになっています。
あー、ライトノベルスタイルとして読むなら、めちゃくちゃ及第点以上じゃないんですかね。そして、シナリオの抉る鋭さも案外いいとこ突いて巧く纏めましたね。
だのに、なんだろう、この不満感。
いや、面白かったよ。真っ当なライトノベルとして。でも黒雨が桑島由一に感じた「やってくれた感」を感じなかった。桑島由一テイストはあるのだけれど、桑島由一らしさである、あの長所と短所がこびりついて離れられない、あの個性的な面がこそぎ落とされたのが不満なんだと思います。いや、そこをこそぎ落としたのはある種の英断であり、面白いものを書いたと思いますよ。
ただ黒雨が満足いかないだけ。あのエンドに至る直前に、主人公の大地守が大沢さんと離れていって、ああなるまでのシーンに。絶望が足りない。絶望が、足りないんだ。桑島由一氏の強みは、文体のテイストもあるが、シナリオ展開中におけるオーラの発揮だと思うんです。だからこその、あの既作に感じられたあの絶望感が効いてこそのハッピーエンドだったりバッドエンドだったり、というものがあるんですよね。その絶望感が足りなくてちょっと拍子抜けしました。
あ、黒雨は趣味が悪いですからね。気にしないでくださいね。繰り返し述べたように、夜に思われているライトノベルテイストとして、恋愛ものとヒーローものを混ぜたものとして、充分に面白いものですよ。だからこそ惜しい!って感情を黒雨は抱きました。とそれだけの事でした。
「ライトノベル」との距離感 その1
ジャンルの呼び方について考えてみようと思いまして。
というのも、前説時に話した経歴を持つ黒雨としては、今では受け入れましたが「ライトノベル」という呼称には違和感があったりします。
というのも、「ライトノベル」という言葉がそもそも最近数年間で定着しだしたもので、以前はそんな呼び方では定着していませんでした。
書店では「ファンタジー文庫」とか「ティーンズ文庫」としてライトノベル全般が取り扱われる区分表示ののぼりがあります。それだけにあらず、昔は書店にこういったライトノベルが置かれるコーナーの書籍表示は一定していませんでした。
ジュブナイルしかり、ティーンズ文庫しかり。
そうやった呼び名が定着していなかった時期こそ、黒雨の読書歴における「ライトノベル」全盛期だったので、どうも現在の「ライトノベル」がしっくりこないのです。諦めましたが。ちょうどライトノベル・ファンパーティー内の作家のコメントで、野尻抱介氏が述べています。
さて、「ライトノベル」という呼称は今でも嫌で嫌でしょうがないんですが、ついに定着してしまった感があるので、もう降参することにします。ともかく言葉が定着したので、ハンドリングしやすくなりました。昨今のライトノベル・ブームの一因かもしれません。
(http://lanopa.sakura.ne.jp/message/noj.html より)
この呼び方の変遷に、ジャンルが内包する何かがあるんじゃないかと思って、ちょっと考えてみようかとむにゃむにゃ思っているわけです。