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『封仙娘娘追宝録(11)天を決する大団円(下)』

封仙娘娘追宝録(11)天を決する大団円(下)』ろくごまるに富士見ファンタジア文庫富士見書房
  ISBN:9784829133798
 夏は来ていたんですよ。
 こちら上巻の感想を書いてから更新をとめるっていう、まるでこの本の刊行ペースのようなことをやらかしたわけなんですが。
 夏は来ていたわけであります。
 というわけで、シリーズを通してのことをせっかくなので語ったりします。
 
 このシリーズは、中華風のファンタジー作品とジャンル的には分類できる。仙人と仙人の使用する道具・宝貝。仙人の住む世界から、精製に失敗した“欠陥宝貝”を人間界にばらまいてしまった成り立ての仙人・和穂が、仙人の能力を封じられた状態で、“欠陥宝貝”のひとつである刀の宝貝・殷雷刀とともに宝貝の回収に挑むシリーズだ。
 
 この作品は、要素の説明のしかたがとても上手い。やはり読者側からすればファンタジー的な要素にはゲームなどで触れることもあり感覚がつかみやすいが、仙人がらみの知識はあまり触れる機会がない。それを主人公・和穂が“仙人としての知識と能力を封じられた”状態に陥らせることで、知識がまったくない読者に噛み砕いて説明されるかのような会話を作中で自然と行うことができるようになっているのだ。
 そういった世界設定の提示のしかただけではない。この作品のストーリーもまた独特である。
 シリーズの主題は、欠陥宝貝の収集である。そのために宝貝の居場所を探り、到達した上で人間界での持ち主に出会い、その人間から宝貝を取り戻す交渉をすすめることや“欠陥宝貝”であるがゆえに暴走してしまっている道具といったトラブルをいかに解決するか、それが1冊1冊の主軸となっている。
 1冊もしくは短編1編ごとに、宝貝を主軸としたトラブルという問題提起がいったん生じており、その問題解決を現状の主人公が持っている材料でいかに解決するかを模索していくのだ。
 これは、いわゆるSFものに似ている気がする。宝貝はファンタジー的な要素とはいえ、作中ではあくまでも道具でありその機能を活用していく。こういった道具という部分を物語の発想の基点としてストーリーの組み立てていくのは、小説の作り方の構造から見ればSFに近い。また、直球でSFものをしているのは、この中華風ファンタジーの世界を舞台として、宝貝により生じる「平行世界」ものを取り上げた話もあったり、時間SFに近い発想の作品もある。ひとつのシリーズというプラットフォームに宝貝という道具のアイデアを入れることで、作品の世界が広がるという実にSF的な楽しみ方ができる作品なのだ。
 さらにもっと広くいえば、ミステリに近い話もある。当然ながらこのシリーズの「1話の話の結末」というのは「宝貝の回収に成功する」という流れ以外にありえない。なおかつ、そこにたどり着くまでの問題提起→解決編の流れにしっかりそっている話もあり、それは「殺人という結果にいたるまでにどのように行動したか」を推測するミステリの楽しみ方に近い部分も読後感として存在するのだ。
 またこの作品ではキャラクター描写も魅力である。登場するキャラクターに多いのは宝貝と呼ばれる意識もしくは人の形を取れる道具たちである。当然ながら“道具”である。人間の設定付けを作って“作中の駒”として配置する以前に、キャラクターたちは前提として“道具”であるのだ。
 そのために登場キャラクターが多くとも、“道具”としての役割が前提としてあるために読者は混乱せずにキャラクターの認識できる。また“道具”という前提があるからこそ、そこに人間味を持たせることで通常の人間のキャラクター以上に、キャラクターの人間味が前面に押し出されてくるのだ。
 
 こういったそれぞれの要素が、軽妙でどこか単純に飲み込みにくい言葉遣いという味付けを伴い、とてもしっくりと個の作品として提示される。これらの莫大な要素を軽妙に落とし込むという技量はとてもすばらしい。
 14年という(刊行があいていた時期も含めてだが)長きにわたりシリーズを展開し、とても見事な解決方にてタイトルどおりの大団円へと導かれたこの作品。ぜひ未読であれば、この中毒性のある世界観へと浸ってほしい。そんなとても思い入れのあるシリーズでした。完結しないかと思っていたけれども、完結巻を読めるという幸せ。生きててよかったと素直に思った作品でした。