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『千年女優』

千年女優バンダイビジュアル/制作:マッドハウス/監督:今敏
  ASIN:B000083O6F
 
 ようやく見返した。監督の逝去のニュースを聞いてから見よう見ようと思っていて。

芸能界を引退して久しい伝説の大女優・藤原千代子は、自分の所属していた映画会社「銀映」の古い撮影所が老朽化によって取り壊されることについてのインタビューの依頼を承諾し、それまで一切受けなかった取材に30年ぶりに応じた。千代子のファンだった立花源也は、カメラマンの井田恭二と共にインタビュアーとして千代子の家を訪れるが、立花はインタビューの前に千代子に小さな箱を渡す。その中に入っていたのは、古めかしい鍵だった。そして鍵を手に取った千代子は、鍵を見つめながら小声で呟いた。

「一番大切なものを開ける鍵…」

少しずつ自分の過去を語りだす千代子。しかし千代子の話が進むにつれて、彼女の半生の記憶と映画の世界が段々と混じりあっていく…。
    あらすじ―Wikipedia「千年女優」より

 藤原千代子が思い出した内容は、昔に出会った初恋とも呼べる出会いをした男。官憲から追われていたのをかくまったときに、男が落としていった鍵をよりどころに、千代子は名前も顔も分からない男を追うために走り続ける。
 TVCMの時のキャッチ、「その愛は狂気にも似ている」。その通りで狂気にも似た渇望が突き動かしているんだ。
 
 この話が入れ子構造になっているのは、誰もが見て取れる内容だ。
 インタビューを行っている現在、そして映画のワンシーン、それと平行して千代子の記憶の中にある過去。それぞれのシーンに、インタビュアーである立花とカメラマンの井田が登場して現在の視点が入っている。過去であろうと映画のシーンであろうと、その場面をそのまま描くのではないのだ。そのシーンを現在の記憶で新たに何かを紡ぎだそうというアクセントとしての役割が入っている。
 それにより「現在」と「記憶」と「映画のシーン」の入れ子構造に一本の筋を通しているのだ。
 シーンは目くるめくように変わっていくが、それが全てが女優・藤原千代子の姿を映し出していくために用いられて一貫している。何かを表象するかのように映画のシーンが切り取られ、それが過去の記憶のワンシーンを現しており、そこで現在の心境に戻ってきたり、また心境にあわせたような映画のワンシーンで語られたりと、めまぐるしく変わるが、それが藤原千代子をあらわし続けているんだ。そして、ぐるぐると回るどのシーンでも走り続けえる千代子。
 あまたの映画の配役に輪廻転生したとしても、また過去の自分のシーンを切り取っても、何度か立ち止まることはあったとしても、それでも走り続ける。
 人が何かの情熱を持って走っていくさま。それはそれだけですばらしい。その姿を丁寧に、そして走っていた人間が老いるまでの人生も含めたところまで踏み込んで描き出している名作だ。
 
 何かに対して情熱を持って走り続ける事。そのことを見せ付けられて、それはまるで自分自身に帰ってくる。
 昔はあったかもしれない情熱。何かしら走っていた熱意。『千年女優』が見せ付けてきた、幾多の輪廻の中でも走り続けるという熱意は、我々の中にあるはずだ。もしくはあったはずなんだ。
 でも自分にはもう、その何かに対して走っていく熱意が今はないことに気づかされてしまった。追いかけたい何か。何かになりたいという、その何か。ひょっとして自分は何か大切なことを失ってしまったんではないか。その焦燥感に駆られてしまう。
 この作品は、作品単体としてではなく、作品を通していろんな物が見えてくるんだ。作品単体でもすばらしいんだけれども、でもこれほどまでに人生を描き出した作品だからこそ、見ている人にも影響が出ると思う。自分の人生を振り返らされてしまうから。
 けれども、それでも、だからこそ。自分の足元を見据えるために、この作品は要所要所で見返したくなる。
 また、改めて見ようと思います。