第10話(最終話):めー

 朝から余裕はカケラもない。そうだ、カケラすら余裕を持っていない。
 
 まず、昨日の台風でスーツが乾いていない。軽く湿った程度なので我慢して来てみる。
 ……ウェストが、きつい……
 どうやら、スーツが縮んだ模様。余裕がカケラもない。いや、そんなことじゃなくて。 
 研究授業がある。そうか、研究授業が。
 
 2時限目。間違った方向で緊張し、緊張感のない授業を行う。素の自分のままやってしまい「いいじゃん、どうでも」の連発。だめじゃん、どういう風にしろ。指導教諭はいない。歯医者に行きやがった。いや、ま、大事だけどさ治療は。2時限目の途中で学校にきて授業を見てくれたのはいいんだけどさ。
 授業後に話をしたとき、常に歯石がどうのこうのとか、そんな話は訊いてないから。頼むから、研究授業のためになんか指示してくださいよ、吉岡先生。
 
 3時限目。研究授業準備。授業をしている教室が立ち並ぶ廊下を、椅子を運んでいる黒雨。がちゃがちゃうるさい。妨害してないか、黒雨?
 
 4時限目。研究授業。テンパった。記憶は飛ばした。なかったことにした。
 
 5時限目。心休まる。喫煙室に籠もる。
 
 6時限目。最後の授業。適当に流して終わらす。
 
 7時限目。実習生と適当な話をする。適当にへらへらと笑いながら禁煙パイポをくわえ、書類だけでっち上げる。
 
 終礼。適当に伝達事項をする。
 そこで、驚愕の事態が。
 
 黒雨さん、寄せ書きされた色紙なんぞ貰っちゃいました。うわ、マジっすか。ここの高校こんな高校とは思わなかった。何これ。
 
 泣かなかったけどね。当然。色紙もらっといてあっさりと「じゃ、掃除やるから机つって」とか言い出しました。ちなみに「机をつる」は方言で「机を後ろに下げる」ことを意味します。