『青の化石』

『青の化石』冴木忍富士見ファンタジア文庫富士見書房
  ISBN:482912413X
 
 というわけで、この本なんですが、懐かしいですね。第一回のファンタジア長編小説大賞の佳作が、この本の一作目「星空の天幕」ですよ。もうね、読んでて涙が出そうだった。こんなライトノベル、最近のライトノベルではもう読めないのかもしれない。こういった形の新たな風は、もう出てこないのかもしれない。そんな事を思うと、本当に涙が出そうなんだ。
 ライトノベルに関しては懐古主義的な側面が多々あります。黒雨の魂は、どちらかというとそっちにあるんだ。
 
 内容は、美男子なためトラブルに巻き込まれ、親の残した借金に追われ、行く先々で苦労を背負う不運な道士リジィオの旅を集めた短編集です。
 このシリーズにおいては、登場人物が全てです。道士リジィオ、その幼なじみにして借金取りスティン、押しかけ弟子シザリオン、嫁を探して旅する獣人ムスターファ。人物としてきちんと動く。人間的な良い面、悪い面、弱い面、強い面、そういった「人間的な」所作全てが詰まっている。それが淡泊でいながら流麗な文章にのって、読者に届けられてくる。人間だからこその揺れ動く感情が、淡々とした文体だからこそストレートにぶつけられるんだ。
 ストーリー上は、道士という魔法的なものを扱える主人公だけれど、そういった設定に振り回されないところが、この作家の凄い点だと思うのです。

十三歳の年、港町に来た異国の老人がリジィオを見て、こう言った。「この子には道士の才能がある」「わしの弟子にならぬか」──と。それを聞いたリジィオの父親は息子の意志を無視し、強引にリジィオを弟子入りさせてしまった

   「星空の天幕」より抜粋

 これ以外には何も設定がない。能力を使うだけで、呪文とか魔法の仕組みとかまったく描かない。
 なぜなら、テーマが違うからだ。魔法についての設定が書きたければ、設定資料集でも作っていればいい。冴木忍が描く世界では、魔法という力に振り回される人物が書きたいのだから、魔法の描写に力を入れる必要など全くないのだ。
 魔法だけじゃない。固有名詞に至ってもそうだ。道士リジィオシリーズにおいて、都市名が出てくることはあまりない。大体の方角しか示さない。短編、各地を転々としているリジィオなので都市は一回舞台になるだけだ。それだけの舞台に、固有名詞をわざわざ付けて読者に「覚えさせる」必要なんて全くない。
 だから、固有名詞すら省略し、ひたすらに描きたいテーマを追求出来るのだ。
 この潔さのおかげで、登場する人間の描写がとても繊細に浮き上がってくるのだ。
 さながら、氷の彫像のように、大きな固まりを前にして細かく細かく削っていって完成された美しさ、それが冴木忍という作家の絶対的な武器だろう。
 
 いや、これ平成3年刊行か。今、平成何年だっけ? 17か?
 すると14年前か。黒雨さんは8歳でしたか。いや、読んだの中学だからもうちょい後だけどさ。
 こういう、ライトノベルをまた読みたいなぁとうつらうつら思うわけです。